空間トランスクリプトーム解析(spatial transcriptomics/組織上の位置情報を保持したまま遺伝子発現を測定する技術)は、いま大きく2つの原理に分かれています。組織をバーコード付きの基板に載せて NGS で読み出すシーケンス型と、組織そのものを顕微鏡で撮像して転写産物を1分子ずつ数えるイメージング型です。この2つは、測れるもの・手に入るデータの形・必要になる計算処理が、どれも違います。ここを最初に区別しておかないと、そのあとの解析で何をすべきかが決まりません。
1. なぜ組織の「位置」が要るのか
scRNA-seq は組織を酵素などで解離し、細胞をばらばらにしてから読みます。この時点で、その細胞が組織のどこにいたのか、隣に何がいたのかという情報は失われます。
失われるのは座標だけではありません。腫瘍と間質の境界がどこにあるか、免疫細胞が腫瘍のなかまで入り込んでいるのか外周に留まっているのか、発現が組織の軸に沿って連続的に変わっているのか、といった問いは、どれも位置情報がなければ答えられません。細胞間相互作用の推定も同じで、リガンドと受容体が共発現していても、その2つの細胞が実際に隣り合っていたかどうかは解離データからは分かりません。
空間トランスクリプトームは、この失われた軸を測定の側で取り戻す技術です。
2. 2つの読み出し原理 ─ 何をもって「空間」とするか
シーケンス型は、既知の位置に空間バーコードを並べた基板の上に組織切片を載せ、組織から出てきた mRNA をその場で捕捉します。捕捉した RNA は cDNA にして NGS で配列を読み、同時に読まれた空間バーコードから元の座標に戻します。結果として手に入るのは 「フィーチャ × 遺伝子」のカウント行列で、これは scRNA-seq の行列と同じ形です。配列を読むので、原理的には全転写産物をねらえます。
イメージング型は、組織切片をそのまま顕微鏡下に置き、標的遺伝子に結合するプローブをハイブリダイズさせ、蛍光の点灯・消灯を何ラウンドも撮像します。その点滅の並び(バーコード)を復号して、どの座標にどの遺伝子の転写産物があったかを1分子ずつ決めます。手に入るのは 転写産物1分子ごとの座標リスト(点群)です。プローブを設計した遺伝子しか測れませんが、位置は分子レベルで分かります。

シーケンス型では、測定の最小単位の呼び名がプラットフォームごとに違います(Visium はスポット、Visium HD はビン、Curio Seeker はビーズ)。この記事ではまとめてフィーチャと呼びます。重要なのは、フィーチャは測定の単位であって、細胞の単位ではないということです。
3. 用語の整理 ─ 「プローブ型」はどちらにもある
2つを「シーケンス型とプローブ型」と呼ぶ資料がありますが、この呼び方は正確ではありません。捕捉にプローブを使うかどうかと、何で読み出すかは、別の軸だからです。
| 軸 | 選択肢 |
|---|---|
| 捕捉・検出の化学 | poly-A 捕捉 / プローブのハイブリダイゼーション |
| 読み出しの方法 | NGS で配列を読む / 顕微鏡で撮像する |
10x Genomics の Visium は、FFPE 対応の世代(CytAssist、Visium HD)でプローブ化学を使っています。つまり「プローブを使う=イメージング型」ではありません。この記事では、混同を避けるため読み出しの方法で分類し、「シーケンス型」「イメージング型」と呼びます。
4. プラットフォームと提供企業
まずシーケンス型です。フィーチャの大きさが 100 µm から 500 nm まで、実に3桁の幅があることに注目してください。この差が、あとの節で見るように解析手法を決めます。
| プラットフォーム | 提供企業 | 1フィーチャの大きさ | 遺伝子の範囲 | 特徴 |
|---|---|---|---|---|
| 旧 ST(Spatial Transcriptomics) | 学術発(Ståhl et al., 2016) | 100 µm | 全転写産物 | Visium の原型 |
| Visium v1 / v2(CytAssist) | 10x Genomics | 55 µm スポット(100 µm 間隔) | 全転写産物 | FFPE 対応。スポットとスポットの間に隙間がある |
| Visium HD | 10x Genomics | 2 µm ビン(連続格子) | 全転写産物 | 隙間なし。2 / 8 / 16 µm ビンで出力される |
| Curio Seeker(Slide-seq 由来) | Curio Bioscience(Takara Bio USA) | 10 µm ビーズ | 全転写産物 | 専用機器が要らない。生物種を選ばない |
| Curio Trekker(Slide-tags 由来) | Curio Bioscience(Takara Bio USA) | 単一核ごと | 全転写産物 | 核に空間バーコードを付け、scRNA-seq の流れに乗せる |
| Stereo-seq(STOmics) | Complete Genomics | 直径 220 nm・500 nm 間隔 | 全転写産物 | 捕捉面積が非常に大きい |
| GeoMx DSP | Bruker Spatial Biology | 任意の形の ROI(関心領域) | 全転写産物/標的 | 領域選択型。単一細胞解像度ではない |
次にイメージング型です。こちらは解像度ではなく、パネルに入る遺伝子数が競争軸になっています。
| プラットフォーム | 提供企業 | 解像度 | 遺伝子の範囲 | 特徴 |
|---|---|---|---|---|
| Xenium / Xenium Prime 5K | 10x Genomics | 1分子(サブセル) | 最大およそ 5,000 遺伝子 | padlock プローブ+RCA。測定後の切片を H&E や IF に回せる |
| CosMx SMI | Bruker Spatial Biology | 1分子(サブセル) | 数百〜6,000 遺伝子。全転写産物パネルも | 旧 NanoString の製品系列 |
| MERSCOPE / MERSCOPE Ultra | Vizgen | 1分子(サブセル) | 最大およそ 1,000 遺伝子 | MERFISH 由来。撮像面積は最大 3 cm² |
この分野は企業の統廃合が速く、社名で検索すると古い情報にあたることがあります。GeoMx・CosMx を持っていた NanoString は 2024 年に Bruker が事業を取得し、現在は Bruker Spatial Biology の製品です。Slide-seq を製品化した Curio Bioscience は Takara Bio USA の傘下に入りました。Stereo-seq は BGI 系の Complete Genomics(STOmics)が提供しています。
5. シーケンス型の注意点 ─ フィーチャは細胞ではない
シーケンス型の中心的な注意点は1つに尽きます。フィーチャの大きさと細胞の大きさの比が、そのまま必要な計算手法を決めるということです。哺乳類の細胞はおおよそ 10〜30 µm ですから、フィーチャがそれより大きいか小さいかで、問題の向きが逆になります。

| レジーム | フィーチャと細胞の関係 | 代表例 | 中心的な計算問題 |
|---|---|---|---|
| 領域選択 | 1領域に数十〜数百の細胞 | GeoMx DSP | 領域どうしの比較(単一細胞には戻せない) |
| マルチセル | 1フィーチャに 1〜10 細胞 | Visium v1 / v2(55 µm) | 混合の分解(デコンボリューション) |
| 準単一細胞 | 1フィーチャに おおよそ 1〜2 細胞 | Curio Seeker(10 µm ビーズ) | ダブレット分離、極端にスパースなカウント |
| サブセル | 1細胞が複数のフィーチャに分かれる | Visium HD(2 µm ビン)、Stereo-seq | 集約(ビンを細胞に再構成する) |
この構造は、ツールの使い方に直接あらわれます。たとえば RCTD(Cable et al., Nature Biotechnology, 2022)には解析モードがあり、1ピクセルあたり最大2種類の細胞型に制限する doublet モードは Slide-seq のような高解像度データ向け、より多くの細胞型を許す multi モードは 100 µm 級の低解像度データ向け、と使い分けます。原論文でも、Slide-seq では3種類以上の細胞型が混ざるケースが稀だったため、2種類への制限が過適合を抑えると述べられています。同じツールでも、レジームが変われば設定が変わるのです。
デコンボリューションは、参照となる scRNA-seq データがあって初めて成立します。cell2location(Kleshchevnikov et al., Nature Biotechnology, 2022)も RCTD も、細胞型ごとの発現プロファイルを scRNA-seq から与える必要があります。つまりシーケンス型の解析は、事実上scRNA-seq の細胞型アノテーションの上に乗っています。
Visium HD の 2 µm ビンや Stereo-seq のネイティブ解像度では、1つのフィーチャに複数の細胞が混ざることは、ほとんどありません。むしろ1つの細胞が多数のフィーチャに切り刻まれています。ここで必要なのはデコンボリューション(分割)ではなく、その逆の集約です。bin2cell(Polański et al., Bioinformatics, 2024)は、H&E 画像から StarDist で核を検出し、2 µm ビンを細胞へまとめ直します。この工程は、イメージング型のセグメンテーションと本質的に同じ問題を解いています。
6. イメージング型の注意点 ─ パネルとセグメンテーション
イメージング型には、シーケンス型とはまったく別の2つの注意点があります。
1つめはパネルです。プローブを設計した遺伝子しか測れないので、パネルに入れなかった遺伝子は、そのデータの中では存在しないのと同じになります。つまり解析でできることの上限は、実験を始める前のパネル設計の時点でほぼ決まってしまいます。「とりあえず撮っておいて、あとで別の遺伝子を見る」ということができません。
2つめはセグメンテーションです。イメージング型が返すのは1分子ごとの座標であって、細胞ではありません。「この転写産物はどの細胞のものか」を決める工程が必ず要ります。核染色から核を検出し、そこから外側へ一定距離だけ広げて細胞の境界とするのが最も素朴なやり方ですが、細胞の形は一様ではないので、これだけでは隣の細胞の転写産物を拾ってしまいます。
Baysor(Petukhov et al., Nature Biotechnology, 2022)は、転写産物の組成と細胞の形態の両方から尤度を組み立てて境界を最適化する方法で、既存手法に比べて検出できる細胞数がほぼ倍になる場合もあると報告されています。逆に言えば、セグメンテーションのやり方ひとつで細胞数が倍動くということでもあります。イメージング型では、ここが最大の誤差源です。
パネルが数百〜数千遺伝子に絞られていると、scRNA-seq の参照データとの照合に使える遺伝子が限られます。さらにセグメンテーションを誤ると、隣接する細胞の転写産物が混ざり込み、実在しないハイブリッドな細胞型が現れます。この2つが重なるため、イメージング型のアノテーションは scRNA-seq より慎重さが要ります。
7. 名目の解像度と、実効の解像度は違う
カタログに書かれたフィーチャの大きさを、そのまま「解像度」と読み替えるのは危険です。シーケンス型では、組織を透過処理して mRNA を基板へ移す過程で、分子が横方向に拡散します。拡散した分だけ、隣のフィーチャに本来そこにないはずの転写産物が入り込みます。
11 種類のシーケンス型手法を、組織構造が既知の参照サンプルで比較した研究(You et al., Nature Methods, 2024)は、この分子の拡散こそが実効解像度を左右する主要な変数だと結論しています。同研究では、嗅球の Slc17a7 について Stereo-seq で顕著な側方拡散が観察された一方、Slide-seq V1.5 と PIXEL-seq では比較的よく抑えられていました。500 nm のフィーチャで測っても、実際に区別できる距離が 500 nm になるとは限らないということです。
フィーチャを小さくすると、1フィーチャあたりに捕捉できる転写産物も比例して減ります。その結果、単一細胞のスケールで書き出したときに検出できる遺伝子数は数百〜千程度まで落ちることがあります。実務では、まず粗いビン(Visium HD なら 8 µm、Stereo-seq なら bin50 など)で全体像を見て、カウントが十分に足りている場合にだけ細胞単位の解析へ進む、という進め方が現実的です。
8. 同一検体でのベンチマークが示すこと
2つの型を比べる研究は、これまで別々の検体・別々の組織で行われることが多く、プラットフォームの差と検体の差を切り分けられませんでした。この点を解決したのが、6種類のがんの FFPE 連続切片から Visium v1・Visium v2(CytAssist)・Visium HD・Xenium・CosMx の5つのプラットフォームでデータを取り、同一検体上で比較した研究です(Cervilla et al., Genome Biology, 2026)。シーケンス型とイメージング型を同じ組織で直接比べられる、数少ない技術的参照になっています。
また、Xenium は組織を壊さずに測定できるため、測定後の同じ切片に H&E 染色や免疫蛍光染色をかけられます。Janesick et al.(Nature Communications, 2023)は、この性質を使って乳がんの FFPE 切片で scRNA-seq・Visium・Xenium を統合し、単独の技術では見えなかった境界領域の細胞を同定しました。
この分野は化学もパネルも1年単位で更新されます。上記の比較で使われたのは 2023 年時点のパネル・化学であり、各社はその後もチップやプローブを更新しています。ベンチマークからは比較の枠組みと考え方を学び、個々の数値は自分が使う世代の仕様で確認し直してください。
9. どちらを選ぶか
最初に答えるべき問いは1つです。測る遺伝子を、事前に決められるか。
決められないなら(未知の遺伝子まで探索したい、どの経路が動いているか見当がついていない)、シーケンス型です。決められるなら(仮説があり、数百〜数千の遺伝子に絞れる)、イメージング型が候補になります。そのうえで、それぞれに固有の後工程を引き受けられるかを考えます。

- シーケンス型を選ぶなら:デコンボリューション(大きいフィーチャ)か、ビンから細胞への再構成(小さいフィーチャ)が必ず必要になる。前者には参照 scRNA-seq が要る。
- イメージング型を選ぶなら:パネル設計が解析の上限を決める。セグメンテーションの品質が結果を左右する。
- 組織の条件:FFPE か新鮮凍結か、必要な組織面積、RNA の品質。ここで選べるプラットフォームが実際にはかなり絞られる。
実務では、両方を組み合わせるのが標準になりつつあります。連続切片を用意し、シーケンス型で全転写産物の地図を作って探索し、イメージング型で目星をつけた遺伝子を単一細胞解像度で検証する、という流れです。
10. 手元のデータがどちらの型か確かめる
解析を始める前に、自分が受け取ったデータがどちらの型かを確認しておきます。出力ファイルの構成を見るのが確実です。
python
# 出力ファイルの構成を見れば、どちらの型かはすぐ分かる
from pathlib import Path
root = Path("data/sample01")
names = {path.name for path in root.rglob("*")}
if "tissue_positions.csv" in names:
print("シーケンス型:Space Ranger 出力(Visium / Visium HD)")
elif any(n.endswith(".gef") for n in names):
print("シーケンス型:SAW 出力(Stereo-seq)")
elif "transcripts.parquet" in names:
print("イメージング型:Xenium 出力(1分子ごとの座標を持つ)")
読み込みには SpatialData(Marconato et al., Nature Methods, 2025)を使うと、どちらの型も同じ形のオブジェクトとして扱えます。AnnData を空間データ向けに拡張した枠組みで、Scanpy・Squidpy・scvi-tools とそのまま繋がります。同じオブジェクトに読み込んでも、中身の構造がはっきり違うことが確認できます。
python
import spatialdata_io as sdio
# シーケンス型:ビンの大きさごとに「フィーチャ × 遺伝子」の行列が入る
sdata_seq = sdio.visium_hd("data/visium_hd_run")
print(sdata_seq)
# ['square_002um', 'square_008um', 'square_016um']
# イメージング型:転写産物1分子ごとの座標(点群)が入る
sdata_img = sdio.xenium("data/xenium_run")
print(list(sdata_img.points))
# ['transcripts']
print(sdata_img["table"].shape)
# (セグメント済みの細胞数, パネルの遺伝子数)
SpatialData は、AnnData のデータ構造に、画像・座標・形状・共通座標系を足したものだと考えると理解しやすいです。空間近傍グラフの構築や近傍解析には Squidpy(Palla et al., Nature Methods, 2022)を使います。
まとめ
- 空間トランスクリプトームは、NGS で読み出すシーケンス型と、顕微鏡で撮像するイメージング型に分かれる。手に入るデータの形が根本的に違う。
- 「プローブ型」という呼び方は誤解を招く。Visium HD もプローブ化学を使う。分類軸は読み出しの方法。
- シーケンス型の中心的な注意点は、フィーチャは細胞ではないこと。フィーチャが細胞より大きければデコンボリューション、小さければ集約が必要になり、問題の向きが逆になる。
- イメージング型の中心的な注意点は、パネル設計とセグメンテーション。前者は解析の上限を、後者は細胞数そのものを決める。
- カタログのフィーチャサイズは名目値。分子の側方拡散が実効解像度を下げる。
- 選択の第一の分かれ目は「測る遺伝子を事前に決められるか」。実務では連続切片で両方を使う組み合わせが増えている。
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参考文献
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