この記事のゴール
発現データから大規模なコピー数異常(染色体の増減)を推定する原理と、infercnvpy/CopyKAT の使い方、そして「発現由来=間接推定」という限界を理解すること。
いつ使うか(文脈特化)
これは主にがんの解析です。腫瘍細胞は、染色体の増減(コピー数異常, CNA)を持つことが多く、これを使って腫瘍細胞と正常細胞を分ける・サブクローン構造を見ることができます。
⚠️ 適用範囲に注意
本シリーズの主対象である発生・正常組織では、通常この解析は使いません(正常細胞でアニュプロイディが問題になる特殊な文脈を除く)。腫瘍を含むデータのときの選択肢として押さえてください。
原理
DNA のコピー数が増えれば、その領域の遺伝子はまとめて発現が上がり、減ればまとめて下がる傾向があります。そこで、遺伝子を染色体上の位置順に並べ、近傍遺伝子の発現を平滑化し、参照(正常)細胞と比べた相対値から、領域ごとの増減(CNV)を推定します。
ツール
発現から CNV を推定する手法は、大きく2系統あります。
- 発現のみ系:infercnvpy(Python・scanpy 親和・スケーラブル)、CopyKAT(ベイズ・5MB 解像度)、SCEVAN。発現行列だけで動く。
- B-allele 併用系:Numbat、CaSpER。発現に加え対立遺伝子頻度(BAF)も使う。ベンチマークでは Numbat が総合上位、発現のみなら CopyKAT が推奨とされます。
コード(infercnvpy)
pythonimport infercnvpy as cnv
import scanpy as sc
# 前提:遺伝子に染色体位置(chromosome, start, end)を付与しておく
cnv.io.genomic_position_from_gtf("genes.gtf", adata)
# 参照(正常)細胞を指定して CNV を推定
cnv.tl.infercnv(
adata,
reference_key="cell_type",
reference_cat=["Microglia", "Endothelial"], # 正常と考えられる細胞型
window_size=100,
)
# CNV プロファイルでクラスタリング → 染色体ヒートマップ
cnv.tl.pca(adata)
cnv.pp.neighbors(adata)
cnv.tl.leiden(adata)
cnv.pl.chromosome_heatmap(adata, groupby="cnv_leiden")
🔧 環境メモ:pip install infercnvpy。参照(正常)細胞の指定が肝で、結果はこの選び方に強く依存します。CopyKAT を使う場合は infercnvpy 経由で呼べますが、R と copykat パッケージが必要で、入力は対数変換前のカウントです。生物種に合った遺伝子位置情報を使ってください。
ツール早見表
| ツール | 言語 | 入力 | ひとこと |
|---|---|---|---|
| infercnvpy | Python | 発現のみ | scanpy 親和・スケーラブル(本記事の中心) |
| CopyKAT | R(Pythonから可) | 発現のみ | ベイズ・5MB・腫瘍/正常分離 |
| SCEVAN | R | 発現のみ | クローン分割に強み |
| Numbat | R | 発現 + BAF | 総合で高精度・cnLOH 検出 |
| CaSpER | R | 発現 + BAF | BAF 併用 |
落とし穴
⚠️ つまずきやすい点
– 発現由来=間接推定:これは「発現から推定した CNV」で、真のゲノムコピー数ではありません。確定には DNA レベルの裏取りを。
– 参照正常細胞が必須:参照の選び方で結果が変わる。確実に正常な細胞型を選ぶ。
– cnLOH は検出不可:発現のみ系はコピー数中立の LOH(cnLOH)を捉えられない(必要なら BAF 併用系)。
– 生物種・遺伝子位置:正しい遺伝子位置情報(GTF)を生物種に合わせる。
– 正常細胞のアニュプロイディ:まれに正常細胞でも染色体異常がある点に注意。
– 腫瘍以外には通常使わない:発生・正常組織では適用場面が限られる。
まとめ
- CNV 推定は主にがんの解析。遺伝子を染色体位置順に並べて平滑化し、参照正常細胞との比から領域ごとの増減を推定する。
- Python では infercnvpy(発現のみ・scanpy 親和)。CopyKAT(ベイズ)も利用可。発現のみ系と BAF 併用系がある。
- 発現由来=間接推定で、参照正常細胞が必須、cnLOH は不可。確定には DNA レベルの裏取りを。
次の記事:摂動解析・Perturb-seq(文脈特化) — CRISPR スクリーンと scRNA-seq を組み合わせた摂動データの解析(pertpy/Mixscape)に進みます。
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参考文献
- Patel, A. P., Tirosh, I., Trombetta, J. J., et al. (2014). Single-cell RNA-seq highlights intratumoral heterogeneity in primary glioblastoma. Science, 344, 1396–1401. doi:10.1126/science.1254257
- Tirosh, I., Izar, B., Prakadan, S. M., et al. (2016). Dissecting the multicellular ecosystem of metastatic melanoma by single-cell RNA-seq. Science, 352, 189–196. doi:10.1126/science.aad0501
- Gao, R., Bai, S., Henderson, Y. C., et al. (2021). Delineating copy number and clonal substructure in human tumors from single-cell transcriptomes. Nature Biotechnology, 39, 599–608. doi:10.1038/s41587-020-00795-2
- Gao, T., Soldatov, R., Sarkar, H., et al. (2023). Haplotype-aware analysis of somatic copy number variations from single-cell transcriptomes (Numbat). Nature Biotechnology, 41, 417–426. doi:10.1038/s41587-022-01468-y


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