RNA-seq解析入門①:解析の全体フローとツール選びの考え方

RNA-seq
📚 この記事について
RNA-seq 解析シリーズの入口です。生データから DEG までの5ステップを俯瞰し、各ステップのツール選びの考え方を示します。
🔜 次の記事RNA-seq解析入門②:クオリティチェック編
📌 前提:特別な前提知識は不要です(ターミナルの基本操作を知っていると進めやすくなります)

RNA-seq(RNA sequencing)の解析は、生データ(FASTQ)から発現変動遺伝子(DEG)までを5つのステップで進めます。この記事では全体の流れと、各ステップで登場するツールをどう選ぶかの考え方を示します。ここで扱う考え方は、scATAC-seq など他のシーケンス解析にも共通します。

1. RNA-seq とは何か


RNA-seq は、細胞の中でどの遺伝子がどれだけ働いているかを網羅的に測る手法です。「がん細胞と正常細胞で発現量が違う遺伝子はどれか」「薬剤の投与前後で細胞の状態はどう変わるか」といった問いに答えられます。

この記事では、現在の主流であるショートリードシーケンスを前提とします。

💡 用語:FASTQ ファイル
シーケンサーから出力される生データの形式です。塩基配列と、各塩基の品質スコアがセットで記録されています。受託シーケンスを依頼した場合、FASTQ ファイルで納品されるのが一般的です。

2. 解析の全体フロー


解析は大きく5ステップです。まずこの流れを頭に入れておくと、個々のツールの位置づけが分かります。

図1:RNA-seq 解析の全体フロー(FASTQ から DEG まで5ステップ)
図1:RNA-seq 解析の全体フロー(FASTQ から DEG まで5ステップ)

入口は FASTQ、出口は DEG(発現変動遺伝子)のリストです。トリミングの後にもう一度クオリティチェックを行い、問題が取り除けたかを確認するのが実務での流れです。

3. 各ステップで使う主なツール


ステップ 主なツール
① クオリティチェック FastQC、MultiQC、Falco
② トリミング fastp、Trimmomatic、Cutadapt、BBDuk
③ マッピング HISAT2、STAR、Bowtie2、TopHat2
④ カウント featureCounts、HTSeq-count、Salmon、kallisto
⑤ 発現変動解析 DESeq2、edgeR、limma-voom

ツールの数を見て迷うかもしれません。次の節で、選ぶときの整理の仕方を示します。

4. ツール選びの3つの観点


解析サイトごとに使うツールが違い、調べるほど混乱する——初学者が最もつまずく点です。次の3つの観点で整理すると、選ぶ基準がはっきりします。

図2:ツールを選ぶときの3つの観点
図2:ツールを選ぶときの3つの観点

観点①:RNA-seq 向けに設計されているか
ツールには DNA-seq(ゲノム解析)向けに設計されたものがあります。マッピングツールの Bowtie2 がその例で、RNA-seq に使うと精度が落ちます。RNA-seq ではスプライシングを考慮できるツールを選ぶことが要点です(詳しくは④マッピング編)。ただし small RNA-seq のように、逆に Bowtie2 が適する解析もあります。

💡 用語:スプライシング
遺伝子から RNA が作られる際に、イントロンが除去されてエクソンだけが繋ぎ合わされる仕組みです。その結果、1本のリードがゲノム上の離れた2つのエクソンにまたがることがあり、マッピングではこれを正しく扱う必要があります。

観点②:現在も保守されているか
ツールには旬があります。かつて定番だった TopHat2 は現在は開発が終了しており、公式に後継の HISAT2 への移行が案内されています。新規の解析で選ぶ理由はありません。

観点③:目的・計算環境に合っているか
同じステップのツールでも得意分野が違います。精度を取るか速度を取るか、手元のPCで動かすかスパコンか、サンプル数は少数か大規模か——これらで最適解が変わります。

5. 迷ったときの基本セット


上の観点を踏まえた、最初に選ぶべきツールの組み合わせです。本シリーズはこのセットで解説を進めます。

ステップ まず試すツール 理由
クオリティチェック FastQC 情報が最も多く、問題が起きたときに解決策を見つけやすい。受託解析でも標準的に使われる
トリミング Cutadapt アダプター除去に特化し、コマンドがシンプル
マッピング STAR RNA-seq 向けで高速・高精度。メモリ消費が大きいのが難点
カウント HTSeq-count コマンドがシンプルで Python とも連携しやすい。処理は遅い
発現変動解析 DESeq2 論文での採用率が高く、ドキュメントが充実

これは出発点です。研究が進めば、目的に応じて別のツールに切り替える柔軟さも必要になります。

6. 注意点


  • ツールを混ぜても構わない:各ステップは独立しているため、マッピングは STAR、カウントは featureCounts といった組み合わせも問題ありません。
  • 参照ゲノムとアノテーションを揃える:マッピングとカウントで別々の版(hg38 と hg19 など)を使うと結果が壊れます。全ステップで統一します。
  • 受託解析の納品データは確認してから使う:すでにトリミング済みで納品される場合があります。まず FastQC で状態を見てから、必要な工程だけ実行します。

まとめ


  • RNA-seq 解析は「クオリティチェック → トリミング → マッピング → カウント → 発現変動解析」の5ステップ。
  • ツール選びは「RNA-seq 向けか」「保守されているか」「目的・環境に合うか」の3観点で整理する。
  • 迷ったら FastQC → Cutadapt → STAR → HTSeq-count → DESeq2 の基本セットから始める。

ツールを動かす前に


この記事で挙げたツールは、FastQC も Cutadapt も STAR も、すべてターミナルにコマンドを打って動かします。GUI で完結するものはほとんどありません。つまり RNA-seq 解析を始めるということは、Linux でファイルを扱うことを同時に始めるということです。ツールの選び方が分かっても、「そのツールをどこに入れて、どのディレクトリで、どう起動するのか」で止まってしまう例は少なくありません。

その土台をまとめて固めたい場合は、『生命科学データ解析をはじめる前に読む本』が使えます。Linux コマンドの基本から、公共データベースからのデータ取得、ファイルの圧縮・解凍、解析環境の構築、さらにスパコンの利用方法までを、実際の生命科学データを動かしながら扱う一冊です。プログラミングが苦手でも追えるように書かれています。

生命科学データ解析をはじめる前に読む本

生命科学データ解析をはじめる前に読む本(実験医学別冊)

羊土社・2026年5月/3,960円(税込)。清水秀幸/著。Linux コマンドの基本から、公共データベースからのデータ取得、gzip による圧縮・解凍、cut・sort・uniq をパイプでつないだ集計、解析環境の構築、スパコンの利用方法までを扱う。

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参考文献


  • Conesa, A., Madrigal, P., Tarazona, S., et al. (2016). A survey of best practices for RNA-seq data analysis. Genome Biology, 17, 13. doi:10.1186/s13059-016-0881-8
  • Stark, R., Grzelak, M., & Hadfield, J. (2019). RNA sequencing: the teenage years. Nature Reviews Genetics, 20(11), 631–656. doi:10.1038/s41576-019-0150-2

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