scRNA-seq解析:軌道・擬時間と RNA velocity の全体像 ― 順序・方向・運命をどう捉えるか

scRNA-seq

 

📚 この記事について:「scRNA-seq解析 実践シリーズ」下流解析編。軌道・擬時間RNA velocity、そして両者を統合する CellRank は似て非なる解析です。混同しやすいこの3つの関係と立ち位置を整理する地図です。個々の使い方は続く個別記事で扱います。

🔙 前の記事細胞組成の差 / 🔜 次の記事軌道推定・擬似時間(trajectory)

前提:細胞型アノテーション済みのデータ(→アノテーション手法の全体像)。Python の基本。


この記事のゴール

「細胞が連続的に変化する過程」を扱う3つの解析――軌道・擬時間(順序)/RNA velocity(方向)/CellRank(運命)――が、それぞれ何を答え、どう関係するかを理解すること。


3つの問い ― 順序・方向・運命

連続過程(分化など)を解析するとき、問いは3層に分かれます。

連続過程の3つの問い。① 軌道・擬時間は細胞を過程に沿って「並べる」(順序)が、向きは自分で与える。② RNA velocity は spliced/unspliced から各細胞が「どちらへ向かうか」(方向)を出す。③ CellRank は方向情報を統合して「どこへ行き着くか」(運命:終着状態・運命確率)を出す。
連続過程の3つの問い。① 軌道・擬時間は細胞を過程に沿って「並べる」(順序)が、向きは自分で与える。② RNA velocity は spliced/unspliced から各細胞が「どちらへ向かうか」(方向)を出す。③ CellRank は方向情報を統合して「どこへ行き着くか」(運命:終着状態・運命確率)を出す。
  • ① 軌道・擬時間(順序):細胞を過程に沿って並べる。0(起点)〜1(終点)の相対時間を付与。
  • ② RNA velocity(方向):各細胞がどちらへ向かっているかを出す。
  • ③ 運命(CellRank):細胞がどこへ行き着くか(終着状態・運命確率)を出す。

① 軌道・擬時間(順序)

連続過程に沿って細胞を並べ、擬似時間を付けます。発現の類似性にもとづくため、それ自体は向き(どちらが起点か)を決めません起点(根)を自分で指定して初めて方向が決まります。そのため、起点が分かる正常発生などに向きます。具体的な手法(PAGA/DPT/Palantir)は個別記事で扱います。

  • 何が分かる:分化の順序、分岐、擬時間に沿う遺伝子変化。
  • 何が要る:根(起点)の指定

② RNA velocity(方向)

未スプライス(新規転写)と成熟 mRNA の比から、各遺伝子が増加中か減少中かを推定し、細胞がどちらへ向かうか(方向)を出します。擬似時間と違い、根の指定が不要で向きが出るのが強みです。実装(scVelo)と検証はRNA velocity と運命予測で詳述します。

  • 何が分かる:各細胞の方向(将来状態へのベクトル)。
  • 注意:モデルの仮定(転写動態など)に依存し、仮定が破れると方向が外れることがあります(後述の個別記事で詳述)。

③ 運命予測(CellRank)

CellRank は、類似性・RNA velocity・擬似時間・実時間などを「カーネル」として受け取り、細胞間の遷移行列(Markov 連鎖)を作って、起点・終着状態・運命確率を推定します。RNA velocity 単体より頑健で、velocity が信頼できない場面では擬似時間など別のカーネルで補完できます(CellRank 2 で多カーネル化)。実行はRNA velocity と運命予測で扱います。

  • 何が分かる:終着状態(どの成熟状態に到達するか)、各細胞の運命確率、系統ドライバー遺伝子。
  • 立ち位置:軌道推定の頑健さと velocity の方向情報を統合する枠組み。

どう使い分ける/組み合わせるか

3解析の関係。軌道・擬時間(類似性ベースの順序)と RNA velocity(方向)は、いずれも CellRank の「カーネル」として入力できる。CellRank はそれらから Markov 連鎖を作り、終着状態と運命確率を出す。velocity が信頼できないときは PseudotimeKernel などで補完できる。
3解析の関係。軌道・擬時間(類似性ベースの順序)と RNA velocity(方向)は、いずれも CellRank の「カーネル」として入力できる。CellRank はそれらから Markov 連鎖を作り、終着状態と運命確率を出す。velocity が信頼できないときは PseudotimeKernel などで補完できる。

💡 3つは排他ではなく層
「順序(擬時間)→ 方向(velocity)→ 運命(CellRank)」は重なり合う層です。多くの研究は複数を併用し、互いに突き合わせて結論の頑健さを確かめます。


共通の注意

⚠️ 連続過程の解析に共通する注意
検証が必須:軌道も velocity も仮定に依存します。結果は既知のマーカー・既知の系統で必ず裏取りを。
前段の品質が前提:QC・統合・アノテーションが崩れると、順序も方向も崩れます。
手法が多数:特に軌道推定は多くの手法があり、結果が割れることがあります(複数手法で確認)。
「連続」かどうか:そもそも連続過程でない(離散的な)データに無理に軌道を引かない。


まとめ

  • 連続過程の解析は3層:① 軌道・擬時間(順序)② RNA velocity(方向)③ CellRank(運命)
  • 軌道・擬時間は順序を出すが向きは自分で与える(根が必要)。RNA velocityは方向を出す(根不要・ただし仮定依存)。CellRankは両者などをカーネルとして統合し終着状態・運命確率を出す。
  • 3つは排他でなく層。併用と相互検証で頑健性を確かめる。

このサブシリーズの予定:このあと「軌道推定・擬似時間(PAGA/DPT/Palantir)」と「RNA velocity と運命予測(scVelo/CellRank)」の個別記事に進みます。


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この地図の続き(個別記事)

位置づけ・前段


参考文献

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  • Haghverdi, L., Büttner, M., Wolf, F. A., Buettner, F., & Theis, F. J. (2016). Diffusion pseudotime robustly reconstructs lineage branching. Nature Methods, 13, 845–848. doi:10.1038/nmeth.3971
  • Setty, M., Kiseliovas, V., Levine, J., et al. (2019). Characterization of cell fate probabilities in single-cell data with Palantir. Nature Biotechnology, 37, 451–460. doi:10.1038/s41587-019-0068-4
  • La Manno, G., Soldatov, R., Zeisel, A., et al. (2018). RNA velocity of single cells. Nature, 560, 494–498. doi:10.1038/s41586-018-0414-6
  • Bergen, V., Lange, M., Peidli, S., Wolf, F. A., & Theis, F. J. (2020). Generalizing RNA velocity to transient cell states through dynamical modeling. Nature Biotechnology, 38, 1408–1414. doi:10.1038/s41587-020-0591-3
  • Bergen, V., Soldatov, R. A., Kharchenko, P. V., & Theis, F. J. (2021). RNA velocity—current challenges and future perspectives. Molecular Systems Biology, 17, e10282. doi:10.15252/msb.202110282
  • Lange, M., Bergen, V., Klein, M., et al. (2022). CellRank for directed single-cell fate mapping. Nature Methods, 19, 159–170. doi:10.1038/s41592-021-01346-6
  • Weiler, P., Lange, M., Klein, M., Pe’er, D., & Theis, F. J. (2024). CellRank 2: unified fate mapping in multiview single-cell data. Nature Methods, 21, 1196–1205. doi:10.1038/s41592-024-02303-9

 

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