シングルセル・マルチオミクス(single-cell multiomics/scRNA-seq と scATAC-seq の統合解析)の GRN は、静的なものだけではありません。この記事では、Dictys で「フットプリントに基づく」かつ「時間変化する」GRN を作ります。
1. Dictys の2つの特徴 ─ フットプリントと動的 GRN
GRN の作り方はもう一段深められます。Dictys は、2つの点で SCENIC+ とは違うアプローチを取ります(Wang et al., Nat. Methods, 2023)。1つはTF フットプリントで TF 結合をより正確に捉えること、もう1つは軌跡に沿って時間変化する(動的)GRNを再構築できることです。
💡 フットプリントとは
TF が DNA に結合している場所では、Tn5 がその短い領域に入れず、アクセシビリティに小さなくぼみ(フットプリント)ができます。ピーク(開いた広い領域)よりずっと短い足跡なので、モチーフだけの推定より偽陽性の結合が減り、TF→遺伝子の向き(因果)づけにも使えます。ここが motif 濃縮ベースの SCENIC+ との主な違いです。
TF が DNA に結合している場所では、Tn5 がその短い領域に入れず、アクセシビリティに小さなくぼみ(フットプリント)ができます。ピーク(開いた広い領域)よりずっと短い足跡なので、モチーフだけの推定より偽陽性の結合が減り、TF→遺伝子の向き(因果)づけにも使えます。ここが motif 濃縮ベースの SCENIC+ との主な違いです。
2. 動的 GRN ─ 軌跡に沿って移動窓で作る
もう1つの特徴が動的 GRNです。細胞を無理にクラスタへ切り分けず、軌跡(擬時間・RNA 速度・クローン)に沿って移動窓で少数ずつ取り出し、窓ごとに GRN を作って滑らかにつなぎます。
💡 調節活性カーブ
動的 GRN からは、各 TF の調節活性(regulatory activity)が擬時間に沿ってどう変わるかのカーブが得られます。TF の発現量は活性の代理にすぎず、実際に標的をどれだけ動かしているかは別です。単調に上がる/一過性に山を作る、といった制御の波を見つけられます。
動的 GRN からは、各 TF の調節活性(regulatory activity)が擬時間に沿ってどう変わるかのカーブが得られます。TF の発現量は活性の代理にすぎず、実際に標的をどれだけ動かしているかは別です。単調に上がる/一過性に山を作る、といった制御の波を見つけられます。
3. パイプラインを実行する
実行は Snakemake ベースのパイプラインです。フットプリントにはアクセシビリティの生データ(フラグメント/BAM)とゲノム・モチーフが要り、動的 GRN には軌跡を与えます。
bash
# Dictys は Snakemake ベースのパイプラインで実行する。
# フットプリント → TF 結合ネットワーク → scRNA で精緻化 → 文脈/動的 GRN
snakemake -j 20 -s Snakefile # 用意された Dictys ワークフローを実行
⚠️ 注意点:入力と計算資源
フットプリントのためにピークだけでなくフラグメント/BAM レベルのアクセシビリティが必要です。ネットワーク再構築はGPU が実質必要で、窓の数だけ計算します。手順・入力形式・出力キーはバージョンで変わるため、公式のチュートリアル(Jupyter ノートブック)に沿って進めてください。
フットプリントのためにピークだけでなくフラグメント/BAM レベルのアクセシビリティが必要です。ネットワーク再構築はGPU が実質必要で、窓の数だけ計算します。手順・入力形式・出力キーはバージョンで変わるため、公式のチュートリアル(Jupyter ノートブック)に沿って進めてください。
4. 出力を読む(調節活性カーブ)
再構築後は、文脈特異的ネットワーク(クラスタごと)や動的ネットワーク(軌跡)を読み込み、TF の調節活性・制御の波・サブネットワークを調べます。
python
from dictys.net import network
# 再構築済みネットワークを読み込む(文脈特異的 or 動的)
net = network.from_file("output/dynamic.h5")
# 以降、TF の調節活性カーブ・制御の波・サブネットワークを解析
# (可視化は Dictys の解析モジュール / ノートブックを利用)
💡 何が見えるか
文脈間でネットワークを比較して差分の制御を見つけたり、動的ネットワークで発生の波を駆動する TFを同定したりできます。可視化は統合ネットワークビュー(INV)やアニメーションが用意されています。発現だけでは見えない「効いている TF」を炙り出すのが狙いです。
文脈間でネットワークを比較して差分の制御を見つけたり、動的ネットワークで発生の波を駆動する TFを同定したりできます。可視化は統合ネットワークビュー(INV)やアニメーションが用意されています。発現だけでは見えない「効いている TF」を炙り出すのが狙いです。
5. SCENIC+・CellOracle との使い分け
GRN 系の3ツールは、狙いが少しずつ違います。使い分けの目安を整理します。
💡 SCENIC+・CellOracle・Dictys
SCENIC+:エンハンサー駆動の eRegulon をモチーフ濃縮で作る(静的・文脈)。
CellOracle:GRN を使って TF 摂動をシミュレートし、細胞状態のシフトを予測する。
Dictys:フットプリントで結合を精緻化し、軌跡に沿った動的 GRNと調節活性カーブを出す。
「制御の因果と時間変化」を重視するなら Dictys、「摂動の効果」を見たいなら CellOracle、「エンハンサー地図」を作るなら SCENIC+、が目安です。
SCENIC+:エンハンサー駆動の eRegulon をモチーフ濃縮で作る(静的・文脈)。
CellOracle:GRN を使って TF 摂動をシミュレートし、細胞状態のシフトを予測する。
Dictys:フットプリントで結合を精緻化し、軌跡に沿った動的 GRNと調節活性カーブを出す。
「制御の因果と時間変化」を重視するなら Dictys、「摂動の効果」を見たいなら CellOracle、「エンハンサー地図」を作るなら SCENIC+、が目安です。
GRN の主要な作り方・使い方が出そろいました。次は、事前知識をアトラス規模で活かす LINGER や、統合後の下流解析(経路活性・細胞間相互作用・速度・基盤モデル)へ広げます。
まとめ
- Dictys は、①TF フットプリントで結合を精緻化し、②軌跡に沿った動的 GRNを作る手法。
- フットプリントはピークより短い足跡で、モチーフだけより偽陽性が減り、因果の向きづけにも使える。
- 動的 GRN は、軌跡(擬時間・速度・クローン)に沿った移動窓で窓ごとに作り、滑らかにつなぐ。
- 各 TF の調節活性カーブが得られ、発現だけでは見えない「効いている TF」「制御の波」が分かる。
- 実行は Snakemake(フラグメント/BAM・ゲノム・軌跡・GPU が必要)。狙いに応じて SCENIC+ / CellOracle と使い分け。
関連記事
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参考文献
- Wang, L., Trasanidis, N., Wu, T., et al. (2023). Dictys: dynamic gene regulatory network dissects developmental continuum with single-cell multiomics. Nature Methods, 20(9), 1368–1378. doi:10.1038/s41592-023-01971-3
- Bravo González-Blas, C., De Winter, S., Hulselmans, G., et al. (2023). SCENIC+: single-cell multiomic inference of enhancers and gene regulatory networks. Nature Methods, 20(9), 1355–1367. doi:10.1038/s41592-023-01938-4
- Kamimoto, K., Stringa, B., Hoffmann, C. M., et al. (2023). Dissecting cell identity via network inference and in silico gene perturbation. Nature, 614(7949), 742–751. doi:10.1038/s41586-022-05688-9
- Ashuach, T., Gabitto, M. I., Koodli, R. V., et al. (2023). MultiVI: deep generative model for the integration of multimodal data. Nature Methods, 20(8), 1222–1231. doi:10.1038/s41592-023-01909-9


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