decoupler・PROGENy で経路・TF 活性 ─ 統合後の RNA を読み解く

Multiomics
📚 この記事について
下流解析ブロックの入口です。統合後の RNA から、事前知識(PROGENy の経路・CollecTRI/DoRothEA の TF)で経路活性・TF 活性を細胞ごとにスコアリングします。GRN ブロックで作ったネットワークも使えます。専門用語はその都度説明します。
🔙 前の記事LINGER で事前知識を活かす GRN(前の記事)
🔜 次の記事:「NicheNet で細胞間相互作用
📌 前提:統合後の scRNA(正規化)。decoupler。任意で自作 GRN(SCENIC+ 等)。

シングルセル・マルチオミクス(single-cell multiomics/scRNA-seq と scATAC-seq の統合解析)は、統合と GRN のあと、細胞ごとに「どの経路・どの TF が効いているか」を読む段に入ります。この記事では decoupler で経路・TF 活性をスコアリングします。

1. フットプリント法とは ─ 標的から活性を読む


統合と GRN のあと、細胞ごとに「どの経路・どの TF が効いているか」を読む段に入ります。decoupler は、事前知識ネットワークと発現データから生物学的活性をスコアリングする枠組みです(Badia-i-Mompel et al., Bioinform. Adv., 2022)。鍵はフットプリントの考え方です。

図:フットプリント法。TF の発現そのものはノイジーでも、その TF が活性化(+)/抑制(−)する標的群の協調した増減から、TF の活性を逆算する。経路も同様に応答遺伝子から読む。
図:フットプリント法。TF の発現そのものはノイジーでも、その TF が活性化(+)/抑制(−)する標的群の協調した増減から、TF の活性を逆算する。経路も同様に応答遺伝子から読む。
💡 なぜ TF の発現ではなく標的を見るのか
TF のmRNA 量は、翻訳後修飾や局在の影響で実際の活性を反映しないことがよくあります。そこで、その TF が活性化/抑制する標的群が協調してどう動いたかを見て、活性を逆算します(footprint)。経路も同じで、経路が動いたときに応答する遺伝子から活性を読みます。

2. 2つの事前知識 ─ PROGENy(経路)と CollecTRI(TF)


事前知識には2種類あります。PROGENy は 14 の signaling 経路の応答遺伝子(重み付き)、CollecTRI(DoRothEA の拡張)は TF とその標的(活性化/抑制)です。decoupler でどちらも取得できます。

図:2つの事前知識。PROGENy(経路 → 応答遺伝子)と CollecTRI/DoRothEA(TF → 標的)を decoupler の手法(ULM 等)に渡して活性スコアを得る。SCENIC+ / CellOracle の GRN も net にできる。
図:2つの事前知識。PROGENy(経路 → 応答遺伝子)と CollecTRI/DoRothEA(TF → 標的)を decoupler の手法(ULM 等)に渡して活性スコアを得る。SCENIC+ / CellOracle の GRN も net にできる。
python
import scanpy as sc
import decoupler as dc

# adata:前処理・統合済みの scRNA(.X は正規化 log)

# 事前知識:PROGENy(経路)と CollecTRI(TF)を取得
progeny = dc.get_progeny(organism="human", top=500)
collectri = dc.get_collectri(organism="human", split_complexes=False)
💡 PROGENy と DoRothEA / CollecTRI
PROGENy(Schubert et al., 2018)は、多数の摂動実験から抽出した「経路が動くと応答する遺伝子」を重みで表します。DoRothEA(Garcia-Alonso et al., 2019)とその拡張 CollecTRI は、TF→標的の regulon を活性化/抑制の符号つきで持ちます。前者は経路活性、後者は TF 活性に使います。

3. 活性を推定して可視化する


活性の推定は、事前知識 net と発現行列を ULM(単変量線形モデル)や MLM(多変量)などの手法に渡すだけです。結果は AnnData の obsm に入り、get_acts で活性を .X に持つ AnnData に変換すれば、scanpy でそのまま可視化できます。

python
# TF 活性を ULM(単変量線形モデル)で推定
dc.run_ulm(mat=adata, net=collectri, source="source",
           target="target", weight="weight")

# 活性は adata.obsm["ulm_estimate"] に入る → 活性用 AnnData を作る
acts_tf = dc.get_acts(adata, obsm_key="ulm_estimate")
python
# 経路活性は MLM(多変量線形モデル)で推定
dc.run_mlm(mat=adata, net=progeny, source="source",
           target="target", weight="weight")
acts_pw = dc.get_acts(adata, obsm_key="mlm_estimate")

# 活性 AnnData は scanpy でそのまま可視化・細胞型比較できる
sc.pl.umap(acts_pw, color=["MAPK", "cell_type"], cmap="RdBu_r", vcenter=0)
図:decoupler の流れ。統合後の RNA と事前知識 net を手法に渡し、活性を obsm に得て、get_acts で活性 AnnData に変換し、scanpy で可視化・比較する。
図:decoupler の流れ。統合後の RNA と事前知識 net を手法に渡し、活性を obsm に得て、get_acts で活性 AnnData に変換し、scanpy で可視化・比較する。
⚠️ 注意点:入力と手法
入力は正規化した発現(生カウントではありません)。手法は複数あり(ulm / mlm / wsum / aucell 等)、符号や重みを使える ULM / MLMが扱いやすいです。活性の質はnet(事前知識)の質に依存します。単一細胞はドロップアウトが多いので、細胞型でまとめて比較すると安定します。

4. 自作 GRN を net にする ─ GRN ブロックとの接続


decoupler の net は、公開リソースに限りません。GRN ブロックで作ったネットワーク(SCENIC+・CellOracle・LINGER・pySCENIC)を net として渡せば、自分のデータ由来の GRN で TF 活性を測れます。

💡 GRN ブロックと下流の接続
SCENIC+ の eRegulon や LINGER の trans-GRN を、source / target / weight の表にして net に渡せば、マルチオミクスで作った GRN の TF 活性を細胞ごとにスコアリングできます。GRN を「作る」(前ブロック)と「使って読む」(このブロック)が、ここでつながります。

5. 使いどころ・注意点


最後に、使いどころと注意を整理します。

💡 使いどころ
細胞型・状態間で活性を比較して駆動する経路・TF を見つける、疾患 vs 健常で差分活性を出す、UMAP に活性を重ねて勾配を見る、などです。あくまで事前知識に基づく推定なので、重要な結論は実験や独立データで裏づけます。次は、細胞のやり取り(リガンド–受容体)を読む NicheNet に進みます。

これで「細胞の中で何が効いているか」を読む道具が入りました。次は細胞間相互作用(NicheNet)です。

まとめ


  • decoupler は、事前知識ネットワーク+発現から生物学的活性(TF・経路)を細胞ごとにスコアリングする枠組み。
  • フットプリント:TF/経路の発現そのものでなく、標的群の協調した増減から活性を逆算する。
  • 事前知識は PROGENy(経路)CollecTRI/DoRothEA(TF)。ULM/MLM で推定し、get_acts で scanpy 可視化。
  • SCENIC+ / CellOracle / LINGER の自作 GRN も net として渡せる(GRN を作る→使って読む が接続)。
  • 入力は正規化発現。net の質に依存。細胞型でまとめると安定。重要な結論は独立検証。

関連記事


参考文献


  • Badia-i-Mompel, P., Vélez Santiago, J., Braunger, J., et al. (2022). decoupleR: ensemble of computational methods to infer biological activities from omics data. Bioinformatics Advances, 2(1), vbac016. doi:10.1093/bioadv/vbac016
  • Schubert, M., Klinger, B., Klünemann, M., et al. (2018). Perturbation-response genes reveal signaling footprints in cancer gene expression. Nature Communications, 9(1), 20. doi:10.1038/s41467-017-02391-6
  • Garcia-Alonso, L., Holland, C. H., Ibrahim, M. M., Turei, D., & Saez-Rodriguez, J. (2019). Benchmark and integration of resources for the estimation of human transcription factor activities. Genome Research, 29(8), 1363–1375. doi:10.1101/gr.240663.118
  • Bravo González-Blas, C., De Winter, S., Hulselmans, G., et al. (2023). SCENIC+: single-cell multiomic inference of enhancers and gene regulatory networks. Nature Methods, 20(9), 1355–1367. doi:10.1038/s41592-023-01938-4

コメント

タイトルとURLをコピーしました