MultiVelo でマルチオミクス RNA 速度 ─ クロマチンと転写のずれから運命を読む

Multiomics
📚 この記事について
下流解析ブロックの3本目です。RNA velocity をマルチオミクスに拡張する MultiVelo を扱います。クロマチンと転写のカップリングをモデル化し、細胞運命の予測を改善します。専門用語はその都度説明します。
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📌 前提:ペア multiome(spliced/unspliced を数えた RNA と、遺伝子集約した ATAC)。scVelo / MultiVelo。

シングルセル・マルチオミクス(single-cell multiomics/scRNA-seq と scATAC-seq の統合解析)は、細胞の状態だけでなく、細胞の動きも読めます。この記事では、RNA velocity をクロマチンで拡張する MultiVelo を扱います。

1. RNA velocity とマルチオミクスへの拡張


細胞の「状態」だけでなく、動き(どちらへ分化するか)も読めます。それが RNA velocity です。未成熟(unspliced)と成熟(spliced)mRNA の比から、各遺伝子が増えつつあるか減りつつあるかを推定します(La Manno et al., 2018/scVelo は Bergen et al., 2020)。MultiVelo は、これにクロマチンアクセシビリティを足して拡張した手法です(Li et al., Nat. Biotechnol., 2023)。

図:MultiVelo の枠組み。RNA velocity は未成熟 u → 成熟 s の動態(du/dt・ds/dt)を見る。MultiVelo は上流にクロマチン c を足し、c → u → s の連鎖(dc/dt も)でモデル化する。
図:MultiVelo の枠組み。RNA velocity は未成熟 u → 成熟 s の動態(du/dt・ds/dt)を見る。MultiVelo は上流にクロマチン c を足し、c → u → s の連鎖(dc/dt も)でモデル化する。
💡 RNA velocity のおさらい
遺伝子が転写されると、まず未成熟 mRNA(u)が増え、少し遅れて成熟 mRNA(s)に変わります。ある瞬間に u が s に対して多ければ「これから s が増える(誘導中)」、少なければ「減っていく(抑制中)」と読めます。この方向を細胞ごとに集めると、分化の矢印(速度)になります。MultiVelo は上流にクロマチン cを加え、c → u → s の連鎖でモデル化します。

2. クロマチンは転写に先行する(priming)


MultiVelo の核心は、クロマチンの開閉と RNA の変化に時間差があることを捉える点です。多くの場合、クロマチンが先に開き(priming)、少し遅れて転写が立ち上がります。

図:クロマチンの先行。アクセシビリティ c が先に上がり、遅れて未成熟 u、さらに遅れて成熟 s が上がる。この時間差から、エピゲノムと転写のカップリング状態を判定できる。
図:クロマチンの先行。アクセシビリティ c が先に上がり、遅れて未成熟 u、さらに遅れて成熟 s が上がる。この時間差から、エピゲノムと転写のカップリング状態を判定できる。
💡 4つの状態
MultiVelo は、クロマチンと転写の関係から遺伝子・細胞を4状態に分けます:priming(開き始め、まだ転写少)/coupled-on(開いて転写も増加)/decoupled(ずれ)/coupled-off(閉じて転写も減少)。さらに、クロマチンが転写より先に閉じるか後に閉じるかで遺伝子を2群に分けられます。発現だけでは見えない、エピゲノムと転写のタイミングのずれが読めます。

3. MultiVelo を回す


実行の前提は、spliced/unspliced を数えた RNA と、遺伝子ごとに集約したアクセシビリティ(近傍ピーク / Cicero)を、ペアで用意し、WNN/KNN で平滑化しておくことです。

python
import scvelo as scv
import multivelo as mv

# 前提:
#   adata_rna : spliced/unspliced を持つ RNA(velocyto 等で計数)
#   ATAC は遺伝子ごとに集約し、平滑化して adata_rna の層に持たせる

# spliced/unspliced の近傍平均(モーメント)を計算
scv.pp.moments(adata_rna, n_neighbors=30)

準備ができたら、c → u → s の動態モデルを当てはめます。

python
# クロマチン・未成熟・成熟の動態モデル(c → u → s)を当てはめる
adata_result = mv.recover_dynamics_chrom(
    adata_rna,
    max_iter=5,
    init_mode="invert",
)
⚠️ 注意点:前処理が要
MultiVelo は前処理が重めです。RNA は spliced/unspliced のカウント(velocyto 等)が必須、ATAC はピークを遺伝子に集約してアクセシビリティにします。ペア(同一細胞)が前提で、WNN などで平滑化してから当てはめます。fit は遺伝子ごとに ODE を解くため時間がかかります。

4. 速度を可視化する(運命予測)


当てはめが済むと、各細胞・各遺伝子について dc/dt・du/dt・ds/dt(クロマチン・未成熟・成熟の速度)が得られます。これを埋め込み上のストリームにすると、細胞運命の方向が見えます。

python
# 速度グラフ → 埋め込み上のストリームで運命を可視化
mv.velocity_graph(adata_result)
mv.velocity_embedding_stream(adata_result, basis="umap")

# 潜在時間(分化の進行度)
mv.latent_time(adata_result)
図:速度ストリーム。前駆細胞から各運命へ向かう矢印(速度)が見える。クロマチンを足すことで、RNA 単独より運命の予測が正確になる。
図:速度ストリーム。前駆細胞から各運命へ向かう矢印(速度)が見える。クロマチンを足すことで、RNA 単独より運命の予測が正確になる。
💡 何が良くなるか
クロマチンを足すことで、RNA 単独より運命予測が正確になります(とくに、転写が始まる前にクロマチンが開く priming を捉えられるため)。潜在時間で分化の進行度を並べたり、遺伝子ごとの位相図(c-u-s)で状態を確認したりできます。

5. 使いどころ・注意点


最後に、使いどころと注意です。

⚠️ 使いどころと注意
分化・発生のように連続的に状態が動く系で力を発揮します。定常状態や、分裂が主の系では velocity 自体が向きません。RNA velocity は可視化パラメータや遺伝子選択に敏感で、ストリームの見た目だけで結論しないよう注意します(scVelo でも同様)。重要な運命の主張は、系統追跡や摂動で裏づけます。

これで、状態・制御・相互作用・動きと、マルチオミクスの下流が広くそろいました。次は、大規模事前学習で解析を底上げする基盤モデル(scGPT / Geneformer)に進みます。

まとめ


  • RNA velocity は unspliced/spliced 比から分化の向き(速度)を推定する。MultiVelo はクロマチンを足して c→u→s に拡張。
  • クロマチンは転写に先行しやすい(priming)。開閉と転写のずれから4状態(primed/coupled-on/decoupled/coupled-off)を判定。
  • 前処理:RNA は spliced/unspliced カウント、ATAC は遺伝子集約、ペアで WNN 平滑化 → recover_dynamics_chrom で当てはめ。
  • dc/dt・du/dt・ds/dt を得て、埋め込みのストリームで運命を可視化。RNA 単独より運命予測が正確。
  • 連続的に動く系向き。可視化パラメータに敏感。重要な結論は系統追跡・摂動で検証。

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参考文献


  • Li, C., Virgilio, M. C., Collins, K. L., & Welch, J. D. (2023). Multi-omic single-cell velocity models epigenome–transcriptome interactions and improves cell fate prediction. Nature Biotechnology, 41(3), 387–398. doi:10.1038/s41587-022-01476-y
  • Bergen, V., Lange, M., Peidli, S., Wolf, F. A., & Theis, F. J. (2020). Generalizing RNA velocity to transient cell states through dynamical modeling. Nature Biotechnology, 38(12), 1408–1414. doi:10.1038/s41587-020-0591-3
  • La Manno, G., Soldatov, R., Zeisel, A., et al. (2018). RNA velocity of single cells. Nature, 560(7719), 494–498. doi:10.1038/s41586-018-0414-6
  • Ashuach, T., Gabitto, M. I., Koodli, R. V., et al. (2023). MultiVI: deep generative model for the integration of multimodal data. Nature Methods, 20(8), 1222–1231. doi:10.1038/s41592-023-01909-9

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