NicheNet で細胞間相互作用 ─ リガンドから標的遺伝子までをつなぐ

Multiomics
📚 この記事について
下流解析ブロックの2本目です。細胞「間」のやり取りを、リガンド → 受容体 → シグナル → 標的遺伝子の連鎖でモデル化する NicheNet を扱います。単なる L-R 共発現との違いも整理します。専門用語はその都度説明します。
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📌 前提:細胞型注釈付きの scRNA(Seurat 推奨)。NicheNet の事前モデル。R(nichenetr)。

シングルセル・マルチオミクス(single-cell multiomics/scRNA-seq と scATAC-seq の統合解析)は、細胞の内側だけでなく、細胞のやり取りも下流で読めます。この記事では NicheNet で、リガンドから標的遺伝子までを結びます。

1. 細胞間相互作用と NicheNet の違い


統合後は、細胞のやり取りも読めます。NicheNet は、細胞間相互作用をリガンド → 受容体 → シグナル伝達 → TF → 標的遺伝子という連鎖でモデル化する手法です(Browaeys et al., Nat. Methods, 2020)。多くの手法がリガンドと受容体の共発現までを見るのに対し、NicheNet は下流の遺伝子制御まで踏み込みます。

図:NicheNet の連鎖。送り手細胞のリガンドが、受け手細胞の受容体に結合し、シグナル伝達・TF を介して標的遺伝子を制御する。この一連を事前知識でモデル化する。
図:NicheNet の連鎖。送り手細胞のリガンドが、受け手細胞の受容体に結合し、シグナル伝達・TF を介して標的遺伝子を制御する。この一連を事前知識でモデル化する。
💡 NicheNet の事前モデル
NicheNet は、多数のデータベースを統合したリガンド-受容体・シグナル・遺伝子制御ネットワークから、あらかじめ「このリガンドはこの遺伝子を制御しうる」という regulatory potentialを計算しておきます。この事前知識を使うことで、受容体の先の標的遺伝子まで結びつけられます。

2. 共発現だけでなく「効いたか」を見る


一般の細胞間相互作用ツール(CellPhoneDB・CellChat など)は、送り手のリガンドと受け手の受容体が共発現していれば相互作用ありと見ます。NicheNet の違いは、そのリガンドの標的が、受け手で実際に動いたかを見る点です。

図:一般の L-R ツールはリガンドと受容体の共発現までを見る。NicheNet は、そのリガンドの標的が受け手で実際に DE したかまで見て、リガンド活性で順位づけする。
図:一般の L-R ツールはリガンドと受容体の共発現までを見る。NicheNet は、そのリガンドの標的が受け手で実際に DE したかまで見て、リガンド活性で順位づけする。
💡 リガンド活性という考え方
NicheNet は、受け手の関心遺伝子セット(例:条件間で変化した遺伝子)を用意し、各リガンドの事前の標的がその遺伝子セットをどれだけ説明するかをリガンド活性としてスコア化します。活性が高いリガンド=受け手の変化を駆動していそうなリガンド、という順位づけです。フットプリントの発想(前の記事)と同じで、下流の効果で上流を評価します。

3. NicheNet を回す(送り手・受け手・関心遺伝子)


実行は R の nichenetr で行います。事前モデルを読み込み送り手・受け手と、受け手の関心遺伝子(多くは条件間の DE 遺伝子)を指定します。

r
library(nichenetr)
library(Seurat)

# NicheNet の事前モデル(リガンド-標的行列・L-R/シグナルネットワーク)
ligand_target_matrix <- readRDS("ligand_target_matrix.rds")
lr_network <- readRDS("lr_network.rds")
weighted_networks <- readRDS("weighted_networks.rds")

# 送り手・受け手の細胞集団を指定
sender_celltypes <- c("CAF")     # 送り手
receiver <- "Malignant"          # 受け手

Seurat オブジェクトがあれば、条件を指定して一括で解析できます。

r
# 受け手の関心遺伝子(条件間の DE 等)から、
# リガンド活性・リガンド-標的リンクを一括で得る
nichenet_output <- nichenet_seuratobj_aggregate(
  seurat_obj = seurat_obj,
  receiver = receiver,
  sender = sender_celltypes,
  condition_colname = "condition",
  condition_oi = "tumor",
  condition_reference = "normal",
  ligand_target_matrix = ligand_target_matrix,
  lr_network = lr_network,
  weighted_networks = weighted_networks
)
⚠️ 注意点:事前モデルと関心遺伝子
NicheNet は種ごとの事前モデル(リガンド-標的行列など)のダウンロードが必須です(ヒト・マウス)。結果は関心遺伝子セットの選び方に強く依存します。条件間 DE や細胞型マーカーなど、生物学的に意味のある遺伝子セットを選びます。

4. 出力を読む(リガンド活性・標的リンク)


出力の中心は、活性で順位づけされたリガンドと、各リガンドの標的遺伝子リンクです。上位リガンドを、標的・受容体のヒートマップとあわせて解釈します。

r
# 活性で順位づけされた上位リガンド
nichenet_output$ligand_activities

# 上位リガンドと標的遺伝子のリンク(ヒートマップ)
nichenet_output$ligand_target_heatmap
図:リガンド活性のランキング(例)。活性は、そのリガンドの標的が受け手の発現変化をどれだけ説明するかを表す。上位ほど、受け手の状態変化を駆動する候補。
図:リガンド活性のランキング(例)。活性は、そのリガンドの標的が受け手の発現変化をどれだけ説明するかを表す。上位ほど、受け手の状態変化を駆動する候補。
💡 何が読めるか
上位のリガンドは、受け手の状態変化を駆動していそうな候補です。リガンド-標的ヒートマップで「どのリガンドがどの標的を動かすか」、リガンド-受容体で「どの受容体経由か」を見ます。複数条件なら Differential NicheNet で条件特異的なやり取りを比べられます。

5. 使いどころ・マルチオミクスとの関係


最後に、使いどころとマルチオミクスとの関係です。

💡 使いどころとマルチオミクス
ニッチの上流シグナル(どの細胞のどのリガンドが、注目細胞の分化・状態を駆動するか)を探すのに向きます。NicheNet 自体は RNA ベースですが、受け手側の GRN(SCENIC+/LINGER)や TF 活性(decoupler)と組み合わせると、「外からのシグナル → 内部の制御」まで一気通貫でつなげます。あくまで事前知識に基づく予測なので、重要な相互作用は実験で確かめます。

細胞の内(GRN・経路)と外(相互作用)がそろいました。次は、マルチオミクスで細胞の動き(RNA 速度)を読む MultiVelo に進みます。

まとめ


  • NicheNet は、細胞間相互作用を リガンド→受容体→シグナル→TF→標的 の連鎖でモデル化する(事前の regulatory potential を使う)。
  • 一般の L-R ツールが共発現までを見るのに対し、NicheNet は下流の標的が実際に動いたか(リガンド活性)で順位づけする。
  • 実行は R の nichenetr。事前モデル+送り手/受け手+受け手の関心遺伝子(条件間 DE 等)を指定。
  • 出力はリガンド活性ランキングとリガンド-標的リンク。上位リガンド=受け手の変化を駆動する候補。
  • RNA ベースだが、受け手側の GRN/TF 活性と組み合わせると外部シグナル→内部制御を一気通貫に。重要な結論は実験で検証。

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参考文献


  • Browaeys, R., Saelens, W., & Saeys, Y. (2020). NicheNet: modeling intercellular communication by linking ligands to target genes. Nature Methods, 17(2), 159–162. doi:10.1038/s41592-019-0667-5
  • Hao, Y., Hao, S., Andersen-Nissen, E., et al. (2021). Integrated analysis of multimodal single-cell data. Cell, 184(13), 3573–3587. doi:10.1016/j.cell.2021.04.048
  • Badia-i-Mompel, P., Vélez Santiago, J., Braunger, J., et al. (2022). decoupleR: ensemble of computational methods to infer biological activities from omics data. Bioinformatics Advances, 2(1), vbac016. doi:10.1093/bioadv/vbac016
  • Ashuach, T., Gabitto, M. I., Koodli, R. V., et al. (2023). MultiVI: deep generative model for the integration of multimodal data. Nature Methods, 20(8), 1222–1231. doi:10.1038/s41592-023-01909-9

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