シングルセル・マルチオミクス(single-cell multiomics/scRNA-seq と scATAC-seq の統合解析)にも、大規模事前学習した基盤モデルの波が来ています。この記事では scGPT・Geneformer の仕組みと、現時点で何が言えるのかを整理します。
1. 基盤モデルとは ─ 事前学習して微調整する
基盤モデル(foundation model)は、大規模データで事前学習したモデルを、個別タスクへ微調整(fine-tuning)して使う枠組みです。単一細胞では scGPT(3,300万細胞以上で事前学習;Cui et al., Nat. Methods, 2024)や Geneformer(約3,000万細胞;Theodoris et al., Nature, 2023)が代表です。
言語モデルと同じ発想です。大量のラベルなしデータで汎用の表現を学んでおけば、少ないラベルで個別タスク(細胞型注釈・バッチ統合・摂動予測・GRN 推論)に転用できる、という期待です。LINGER の転移学習(前ブロック)と発想は近いですが、基盤モデルはタスクを限定せず汎用表現を狙う点が違います。
2. 細胞を「文」として読む
鍵は、細胞を遺伝子の並びとして表現することです。文が単語からなるように、細胞は遺伝子からなる ─ という見立てで Transformer に食わせます。表現の仕方が2つのモデルで違います。
scGPT:発現値をビン化し、遺伝子トークンと発現ビンを合わせて埋め込みます。マスクした発現の予測で学習し、RNA・ATAC・タンパクなどマルチオミクスへの拡張も設計に含みます。
Geneformer:発現量そのものではなく、細胞内での発現順位(rank)で遺伝子を並べて「文」にします(rank value encoding)。順位なので深度の違いに頑健という利点があります。
3. 何に使えるのか
報告されている用途は、細胞型注釈・バッチ/マルチオミクス統合・摂動応答の予測・遺伝子ネットワーク(attention からの相互作用)などです。使い方は、埋め込みを取り出すか、微調整するかの2通りです。
python
import scanpy as sc
# 学習済み基盤モデルで細胞埋め込みを取り出し、通常の解析に使う
# (API はモデル・バージョンで異なるため、公式チュートリアルに従う)
# adata.obsm["X_fm"] = 埋め込み
sc.pp.neighbors(adata, use_rep="X_fm")
sc.tl.umap(adata)
sc.tl.leiden(adata)
基盤モデルの API・学習済み重み・推奨手順は更新が速いため、必ず公式リポジトリの当該バージョンに従ってください。GPU が実質必要で、微調整にはそれなりの計算資源が要ります。遺伝子名の対応(語彙)や前処理の要件もモデルごとに異なります。
4. 評価は割れている ─ 現時点で言えること
ここは正直に書きます。基盤モデルの有効性はまだ定まっていません。原著は複数タスクでの有効性を報告する一方、独立の評価ではzero-shot(微調整なし)では従来法に劣るという報告があります(Kedzierska et al., Genome Biol., 2025)。
Kedzierska らは、zero-shot の設定で scGPT・Geneformer の細胞埋め込みを評価し、HVG・scVI・Harmony といった従来法に一貫して勝てないことを報告しました。また、事前学習データを増やせば必ず良くなるわけでもない、とも述べています。一方で微調整ありの設定では有効性の報告があり、結論はタスク・データ・設定次第というのが現状です。
したがって実務では、従来法(scVI / MultiVI / Harmony)をベースラインに置き、基盤モデルがそれを上回るかを自分のデータで確かめるのが安全です。
5. マルチオミクスでの位置づけ
最後に、このシリーズの中での位置づけです。
ラベルが少ない(注釈を転移したい)、大規模な参照アトラスに載せたい、摂動予測を試したいといった場面では、試す価値があります。逆に、標準的な統合・クラスタリングが目的なら、MultiVI / scGLUE / scVI で十分なことが多いです。基盤モデルは「必ず良い」道具ではなく、ベースラインと比較して選ぶ道具だと捉えるのが実務的です。
これで、前処理から統合・GRN・下流・基盤モデルまで一巡しました。次は総括として、「どのデータで、どの手法を、どの順で使うか」を1枚のフローに整理します。
まとめ
- 基盤モデルは、大規模なラベルなしデータで事前学習し、個別タスクへ微調整して使う枠組み。
- scGPT は発現をビン化して遺伝子トークンと埋め込む(マルチオミクス拡張も設計)。Geneformer は発現の順位で細胞を「文」にする。
- 用途:細胞型注釈・統合・摂動予測・attention 由来のネットワークなど。API は更新が速く、GPU が必要。
- 評価は割れている:原著は有効性を報告、独立評価は zero-shot で従来法(HVG/scVI/Harmony)に劣ると報告。
- 実務では従来法をベースラインに置き、自分のデータで上回るかを確認してから採用する。
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参考文献
- Cui, H., Wang, C., Maan, H., et al. (2024). scGPT: toward building a foundation model for single-cell multi-omics using generative AI. Nature Methods, 21(8), 1470–1480. doi:10.1038/s41592-024-02201-0
- Theodoris, C. V., Xiao, L., Chopra, A., et al. (2023). Transfer learning enables predictions in network biology. Nature, 618(7965), 616–624. doi:10.1038/s41586-023-06139-9
- Kedzierska, K. Z., Crawford, L., Amini, A. P., & Lu, A. X. (2025). Zero-shot evaluation reveals limitations of single-cell foundation models. Genome Biology, 26, 101. doi:10.1186/s13059-025-03574-x
- Lopez, R., Regier, J., Cole, M. B., Jordan, M. I., & Yosef, N. (2018). Deep generative modeling for single-cell transcriptomics. Nature Methods, 15(12), 1053–1058. doi:10.1038/s41592-018-0229-2
- Ashuach, T., Gabitto, M. I., Koodli, R. V., et al. (2023). MultiVI: deep generative model for the integration of multimodal data. Nature Methods, 20(8), 1222–1231. doi:10.1038/s41592-023-01909-9


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