シングルセル・マルチオミクス(single-cell multiomics/scRNA-seq と scATAC-seq の統合解析)は、手法が多く、どれをいつ使うか迷いがちです。この記事では、シリーズ全体を1枚のフローに整理し、手元のデータから手法を選べるようにします。
1. 全体フロー ─ 1枚で見る
マルチオミクス解析は、大きく前処理 → 統合 → GRN/下流の3段です。分岐するのは入口(ペアか非ペアか)だけで、統合後の道は共通になります(Argelaguet et al., Nat. Biotechnol., 2021)。
💡 最初に決めるのは1つだけ
同じ細胞から RNA と ATAC の両方を測ったか(ペア)、それとも別々の細胞で測ったか(非ペア)。この1点で統合手法が決まります。ペアなら MultiVI(R で完結したいなら WNN)、非ペアなら scGLUE。以降の下流は、どちらの経路でも同じです。
同じ細胞から RNA と ATAC の両方を測ったか(ペア)、それとも別々の細胞で測ったか(非ペア)。この1点で統合手法が決まります。ペアなら MultiVI(R で完結したいなら WNN)、非ペアなら scGLUE。以降の下流は、どちらの経路でも同じです。
2. 前処理 ─ 統合を壊さないための3原則
統合の成否は前処理でほぼ決まります。シリーズを通して繰り返した原則が3つあります。
- 生カウントを壊さない:正規化の前に .layers[‘counts’] へ退避(MultiVI / scVI / PeakVI は生カウント入力)。
- QC はモダリティごと:RNA は総カウント・遺伝子数・ミト率、ATAC は TSS 濃縮・ヌクレオソーム・フラグメント数。ダブレットも別手法(Scrublet / AMULET)。
- ペアなら細胞をそろえる:モダリティ側でフィルタしたら update/intersect_obs で同期(MuData)。
⚠️ つまずきやすい点
正規化した .X をモデルに渡す(→ 生カウントを退避しておく)、ATAC の LSI 第1成分を残す(→ 深度と相関するので除く)、フィルタ後に同期を忘れる(→ obs 不一致エラー)。この3つが定番の詰まりどころです。
正規化した .X をモデルに渡す(→ 生カウントを退避しておく)、ATAC の LSI 第1成分を残す(→ 深度と相関するので除く)、フィルタ後に同期を忘れる(→ obs 不一致エラー)。この3つが定番の詰まりどころです。
3. 統合 ─ ペアと非ペア
統合3手法の使い分けです。
| 手法 | データ | 特徴 | 言語 |
|---|---|---|---|
| MultiVI | ペア(モザイク可) | VAE で共通潜在空間。欠損モダリティの補完も可 | Python |
| scGLUE | 非ペア | guidance graph(遺伝子↔ピーク)で橋渡し | Python |
| WNN | ペア | 細胞ごとの重みで近傍グラフ。生成モデルではない | R(Seurat) |
💡 迷ったら
10x Multiome(ペア)なら MultiVI(Ashuach et al., 2023)が第一候補。別々に測った RNA と ATACなら scGLUE(Cao & Gao, 2022)。すでに Seurat で解析しているなら WNN が手早いです。統合後の潜在空間は、いずれもクラスタリング・アノテーション・下流の共通入力になります。
10x Multiome(ペア)なら MultiVI(Ashuach et al., 2023)が第一候補。別々に測った RNA と ATACなら scGLUE(Cao & Gao, 2022)。すでに Seurat で解析しているなら WNN が手早いです。統合後の潜在空間は、いずれもクラスタリング・アノテーション・下流の共通入力になります。
4. GRN ─ 4手法の選び方
統合の最大の果実が GRN(遺伝子制御ネットワーク)です。エンハンサーの開閉は ATAC でしか測れないため、マルチオミクスが本質的に効きます(Bravo González-Blas et al., Nat. Methods, 2023)。目的で選びます。
| やりたいこと | 手法 | 要点 |
|---|---|---|
| エンハンサー駆動の制御地図 | SCENIC+ | eRegulon(TF→エンハンサー→遺伝子)。モチーフ濃縮 |
| TF を止めたら何が起きるか | CellOracle | GRN で in silico 摂動。細胞状態シフトを予測 |
| 制御の時間変化・因果 | Dictys | フットプリント+軌跡で動的 GRN・調節活性カーブ |
| データが少ない/他コホートへ | LINGER | atlas 規模の転移学習。発現だけで TF 活性も |
5. 下流 ─ 問いから手法へ
下流は「何を知りたいか」から選びます。手法を先に決めず、問いを先に決めるのが要点です。
💡 下流はつながっている
GRN ブロックで作ったネットワーク(SCENIC+ / LINGER)は、decoupler の net として渡せます。また NicheNet で見つけた上流シグナルと、decoupler の TF 活性を突き合わせれば、外部シグナル → 内部制御 → 細胞の動きまで一本の物語として描けます。
GRN ブロックで作ったネットワーク(SCENIC+ / LINGER)は、decoupler の net として渡せます。また NicheNet で見つけた上流シグナルと、decoupler の TF 活性を突き合わせれば、外部シグナル → 内部制御 → 細胞の動きまで一本の物語として描けます。
⚠️ 基盤モデルの扱い
scGPT / Geneformer は有望ですが、zero-shot では従来法に劣るという独立評価もあります。MultiVI / scVI をベースラインに置き、自分のデータで上回るかを確かめてから採用してください。
scGPT / Geneformer は有望ですが、zero-shot では従来法に劣るという独立評価もあります。MultiVI / scVI をベースラインに置き、自分のデータで上回るかを確かめてから採用してください。
6. シリーズ記事一覧
各手法の詳細は、以下の記事にあります。
- 第0部・前処理:マルチオミクス解析の全体像/前処理の全体像/データ構造(AnnData→MuData)/scRNA-seq 側の前処理/scATAC-seq 側の前処理
- 第1部・統合:MultiVI(ペア)/scGLUE(非ペア)/WNN(R・Seurat)
- 第2部・GRN:SCENIC+(eRegulon)/CellOracle(in silico 摂動)/Dictys(動的 GRN)/LINGER(転移学習)
- 第3部・下流:decoupler・PROGENy(経路・TF 活性)/NicheNet(細胞間相互作用)/MultiVelo(RNA 速度)/基盤モデル(scGPT・Geneformer)
単一モダリティの基礎から確認したい場合は、scRNA-seq 前処理の全体像 と scATAC-seq 解析の全体像 が出発点です。深層生成モデルの土台は scvi-tools の全体像、RNA 単独の GRN は scRNA-seq の GRN・転写因子活性 にまとめてあります。
まとめ
- 流れは前処理 → 統合 → GRN/下流。分岐は入口(ペア/非ペア)だけで、統合後は共通。
- 前処理3原則:生カウントを退避/QC はモダリティごと/ペアは細胞をそろえる。
- 統合:ペア=MultiVI(R なら WNN)、非ペア=scGLUE。
- GRN:地図=SCENIC+、摂動=CellOracle、時間=Dictys、少データ=LINGER。作った GRN は decoupler で活性化できる。
- 下流は問いが先、手法は後。基盤モデルはベースラインと比較してから採用する。
参考文献
- Argelaguet, R., Cuomo, A. S. E., Stegle, O., & Marioni, J. C. (2021). Computational principles and challenges in single-cell data integration. Nature Biotechnology, 39(10), 1202–1215. doi:10.1038/s41587-021-00895-7
- Ashuach, T., Gabitto, M. I., Koodli, R. V., et al. (2023). MultiVI: deep generative model for the integration of multimodal data. Nature Methods, 20(8), 1222–1231. doi:10.1038/s41592-023-01909-9
- Cao, Z.-J., & Gao, G. (2022). Multi-omics single-cell data integration and regulatory inference with graph-linked embedding. Nature Biotechnology, 40(10), 1458–1466. doi:10.1038/s41587-022-01284-4
- Bravo González-Blas, C., De Winter, S., Hulselmans, G., et al. (2023). SCENIC+: single-cell multiomic inference of enhancers and gene regulatory networks. Nature Methods, 20(9), 1355–1367. doi:10.1038/s41592-023-01938-4


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